原点を見つめて。
未来へ繋ぐアイヌのものづくり。

イチンゲの店/Peteトンコリ工房

  • 釧路市

道東屈指の美しさを誇る湖、阿寒湖。そのほとりには複数の温泉宿が立ち並び、阿寒湖温泉街として多くの観光客を受け入れています。この温泉街の一角にあるのが、先住民族アイヌと、道内外から集まった人々が作った工芸と芸能の集落〈阿寒湖アイヌコタン〉です。アイヌ民族の生き様が色濃く刻まれたこの地には、先人たちが語り継ぐ想いや文化を受け継ぎ、新たな創造を重ねた「ものづくり」を今も続ける人がいます。 自身の原点を見つめて。未来のアイヌ文化を見据えて。文化を受け継ごうと制作に励む、2人のものづくり人をご紹介します。

木彫を通じて気づいた、父の背中と阿寒湖の魅力。

阿寒湖三大巨匠の1人で今は亡き木彫作家の父・政満さんと、アイヌ民族の母・百合子さんの間に生まれた瀧口健吾さん。造形に目覚めたのは高校生のとき。留学先のオーストラリアで、粘土やウッドカービングの世界に触れたのがきっかけでした。「作ることがこんなに楽しいなんて」。この経験は作家としての完成の土台となっていきます。

アイヌ文化に強く関心を抱くようになったのは、北海道に戻ってきてから。滝川市で初めて見た「カムイノミ(神々に祈りを捧げる儀式)」に心を強く揺さぶられたといいます。「こんなにもアイヌ語の話者がいるんだと、感動して思わず泣いてしまいました」。幼い頃から身近にあった文化のすばらしさに気づいた健吾さん。自身にも同じ血が流れていることを誇りに感じる大きな転機となりました。

その後健吾さんは阿寒湖に戻り、仕事として木彫を始めました。父から教わったのは刃物の研ぎ方と、「好きなものを彫れ!」というメッセージのみ。けれども父の姿勢や思いは、確実に健吾さんに影響を与えていきます。「ここに座っていると手が勝手に動くんです」。父から受け継いだ〈イチンゲの店〉で、もっと上手になりたいと、今日も黙々と木を彫り続けています。

現在は木彫のほかにも、語学力を活かしながら英語でのガイドにも取り組む健吾さん。「ハンノキはアイヌ語でケネ。絶対にまっすぐ割れない木。使い物にならないことを“ケネ野郎”って呼んだりする」など、次々と知識を繰り出す健吾さん。木彫を生業としていることから、特に木には詳しいそう。健吾さんの話を聞いていると「もっとアイヌについて知りたい」と思わせてくれます。

ガイドで話す内容は、幼い頃に父から教わったことも多いそう。大人になってからは、エカシと呼ばれる長老や、周りの先輩たちにも教えてもらいました。父をはじめとした先人たちは、決して手取り足取り教えることはないといいます。一緒に森に行って、知識を分け与える。回数を重ねていくうちに、生活に必要な情報を得ていくのです。

「父と暮らし、人生の基礎を築いた阿寒湖をたくさんの人に知ってもらいたい」。そのためなら、自分にできることは何でもやるという覚悟の健吾さん。何百年も前から、何世代にもわたって伝承されてきたアイヌ文化。今再び70~80代の先輩から、健吾さんたちの世代へと受け継がれている最中です。

イチンゲの店

住所釧路市阿寒町阿寒湖温泉4丁目7-10
電話番号0154-67-2816
営業時間9:00~18:00
定休日不定休

音楽とアイヌ。原点を辿ることで行き着いた、トンコリづくりの道。

釧路のアイヌをルーツに持つ辺泥(ぺて)敏弘さん。自身がアイヌであることは幼い頃から知っていたものの、そのことを特別に意識することのないまま少年時代を過ごしていました。
中学生の頃にギターと出合い、以降、音楽の道へ。音響の専門学校を卒業し、プロのバンドの裏方などさまざまな仕事に携わりながら、自身も音楽活動を続けていました。転機となったのは、30歳を過ぎた頃。10年以上組んでいたバンドが解散し、一旦音楽活動に終止符を打つことに。「今まで持っていたものをすべて手放そう」。自分自身をもう一度見直したとき、おのずと目が向いたのは自身のルーツであるアイヌのことでした。

アイヌ文化交流センターに行ったり、都内にあるアイヌ料理店へ顔を出したりと、少しずつアイヌについて知識を深めていった辺泥さん。樺太アイヌの伝統楽器「トンコリ」の存在を知ったのはこの頃でした。「ギター奏者で弦楽器好き。そんな自身のルーツに独自の弦楽器があると知り、とても興奮しました」。

それから阿寒湖でアイヌ関係の仕事を募集しているという話を知り、阿寒湖にやって来たのは2016年のこと。釧路市の地域おこし協力隊に着任した辺泥さんは、アイヌ関係の事業に携わりながら、本格的にトンコリの演奏について学ぶようになりました。その中で徐々に「自分だけのトンコリを作ってみたい」という思いが芽生えます。それまで木彫の経験はほとんどなかったという辺泥さんですが、トンコリを作ったことがあるという木彫作家の話や、博物館の展示をヒントに、独学で作り上げたといいます。以来、辺泥さんはトンコリの制作にのめり込んでいきました。

「特に重視しているのは、楽器としての鳴りや精度といった機能。自身の音楽経験から得た知識も取り入れながら、研究を重ねています」。伝統を大切にしながら、楽器としても良いものを作りたい。辺泥さんならではの視点で作られるトンコリは演奏家を中心に注目を集め、全国から注文が来るように。2022年6月には〈Peteトンコリ工房〉として独立を果たしました。
現在はトンコリの制作に加えて、演奏活動にも力を入れているという辺泥さん。その根底にある大事な思いの一つが、「アイヌの認知を広めたい」ということ。自分だからこそできる活動として、音楽を絡めながら自分なりの「楽しい」時間を作っていきたいと話します。

「興味を抱くきっかけって、『楽しい』という気持ちから入ることが多いと思うんです。浅く楽しいままでも良いし、そのうちの一人でも、もう少し詳しく知りたいと思ってくれたらうれしい」。楽しい時間を共にした人々の心に、アイヌ文化に興味を抱く「何か」を残せたら。少しずつ、でも確実に。今日も辺泥さんの小さな「きっかけづくり」は続いています。

Peteトンコリ工房

メールアドレスtonkori.pete@gmail.com
Instagram@pete_tonkori_koubou

イチンゲの店/Peteトンコリ工房

執筆スタッフ

武田愛花

北見市出身。趣味は美術館巡りと映画鑑賞。お気に入りの美術館は、札幌の三岸好太郎美術館。最近のマイブームはビーズ刺繍。可愛い糸やビーズがあるとつい買ってしまいます。

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